2006年4月 3日 投稿者: アドベンチャースポーツマガジン編集部

屋久島に移住しフォトライターとして活躍する、元スポーツウェア・メーカー勤務の菊池淑廣氏。屋久島を愛し、ついには家族とともに移住までしてしまった同氏ならではの写真と文章によるレポートをお届けしよう。

Text & Photo by Kikuchi Yoshihiro
「まあるく走ろう、神々の島……」
神々の島……。それは世界自然遺産の島、屋久島のこと。昔からこの島の奥山には神々が宿るといわれ、そこは聖域として島人に崇められてきた。そんな神々しい島の周囲を、興奮もせず、頑張りもせず、そして白けもせずに、まあるく走ろうというのが、「ミラクル屋久島105km」だ。屋久島の外周道路は、一周すると105kmある。最近はバイパスなども通っているので、多少のズレはありそうだが、ほぼ100kmという分かりやすい距離といえる。
僕は屋久島に移住してくる以前、東京でサラリーマンをしていた。スポーツウェアメーカーの広告マンだった僕は、ランニング業界やアドベンチャー業界に携わっていた。そんな僕は以前から、「屋久島一周はウルトラマラソンにちょうどいい」などと思っていた。ところが屋久島は、「屋久町」と「上屋久町」に行政が分かれていて、合併問題でも荒れていた。そんな状況の中、島を一周するようなマラソン大会を公に開催するのは難しい。過去にも実現しなかった例がいくつかあった。
それが今回、来年度開催に向けての「プレ大会」というカタチではあるが、屋久島を一周するウルトラマラソンが実現した。主催は「ミラクル屋久島105マラソン・プレ大会実行委員会」という「ウルトラ好き」の集まりだが、共催として屋久町と上屋久町が共に名を連ねている。僕たち島民にとってみると、両町が手を結ぶのは、まさに奇跡といっても過言ではない。いよいよ両町合併に向けての軌跡を、描きはじめたように思えた。

3月12日、日曜日。ウルトラランナーたちが、夜明け前のまだ暗い中、島のほぼ南端に位置する屋久町役場前のスタート地点に集まってきた。この業界の第一人者、「シンガーソング・ランナー」こと、高石ともや氏の顔もある。久しぶりの「現場」に、僕は何の違和感もなくそこにいた。その場の空気感が懐かしかった。
午前5時。まだ暗く、いつもは静かな島の一角に、ピストルの音が鳴り響く。ウルトラランナーたちの長い一日のはじまりだ。天候は曇り。ランナーにとってはまずまずのコンディションだったが、このあとの予報は雨。屋久島らしい洗礼が待ち受けていた。
僕の住む安房は、スタートから約20kmの地点。ランナーたちがここを通過する頃、すでに夜は明け、ポツポツと雨も降り出していた。そして30km地点の手前、町を分ける落川を渡ったところで、屋久町から上屋久町へと、サポートカーのリレーが行われる。歴史的な瞬間だ。雨はだんだんとその足を強め、いつものどしゃ降りになっていた。このあたりは晴れていれば、美しい山容の愛子岳を仰げるのだが、山は一寸もその姿を見せなかった。
それからひたすら降り続ける雨。島の北端の集落、一湊(いっそう)を越えると、ようやくレースは半分を終えたことになる。昼を過ぎて西部林道に入る頃には、雨は少し弱くなっていた。いつもはよく出没するサルやシカも、この日は森の中に身をひそめていたのか、ランナーとかち合うことはなかったようだ。ここは美しい照葉樹のトンネルをいくつもくぐる気持ちのいい道だが、アップダウンが激しく、ランナーを苦しめる。やはり晴れていれば、コバルトブルーに輝く断崖の海を眺めながらの爽快なランニングになるのだが、残念ながらこの日の海は、鉛色だった。
いよいよ100km地点。恋泊(こいどまり)という風情のある地名のついた場所に差し掛かる頃には、再び夜のとばりがおりようとしていた。そこからゴールまではわずか5km。いや、ランナーにとっては決してわずかではない。100kmの区切りのあと、残り5kmは精神的にかなりきついはずだ。「この5kmが倍以上の距離に感じる。100kmちょうどのレースとはまったく違う…」。ゴール後、いつも笑顔の高石氏は、やっぱり笑顔で、その厳しさを語った。
ここで僕はクルマで移動し、ゴールで選手を迎えることにする。クルマで走ればすぐの距離だ。午後7時を過ぎた頃、相変わらず降りしきる雨の中、ようやく一人のランナーが約14時間ぶりに帰ってきた。達成感に満ちあふれた表情だ。この瞬間は、いつ見ても感動する。きっとランナーたちは、105kmという距離と、14時間という時間の中で、いろいろなものをこの島から享受し、何かを感じたに違いない。完走したランナーの一人は、「屋久島の数ある川を渡るたびに、身体に力が漲った。その恵みを受けたからこそ完走できた」。清々しい表情でそう語っていた。

十数時間もの間、この島の空気をカラダいっぱいに取り込み、天然のエイドステーションでこの島の山水を吸収し続ける。この島そのものが、ランナーをサポートしていたのかもしれない。屋久島を苦しみ、そして楽しむ彼らの表情を、レンズ越しに追いかけているだけの僕も、いつの間にか元気をもらっている。神々の島をまあるく走る大会は、走る人にも見る人にも、特別な何かを与えてくれる。そんなふうに感じた……。

【主催・問い合わせ】
●主催 ミラクル屋久島105マラソンプレ大会実行委員会
●共催 屋久町、上屋久町
●後援 屋久島観光協会
●問い合わせ miracle-yakushima105@hotmail.co.jp
【プロフィール】
菊池 淑廣(きくち・よしひろ)
1969年東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーのフェニックスに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までこなす。現在は広告事務所「屋久島メッセンジャー」の代表として、雑誌等の執筆から撮影、ロケ・コーディネートなどの仕事をこなす。「ヤマケイJOY」(山と溪谷社)、「旅写真」(ニューズ出版)、「島へ。」(海風舎)などにも執筆。ウェブサイトでも、フォトエッセイを連載。
フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記
http://yakushima.cocolog-nifty.com/shimalog/
この記事へのコメント (5件)
投稿者: 関 真樹男 | 2006年4月 3日 22:14
こんなレースあったことを知りませんでした。
僕は学生の時、毎年春休みに屋久島に自転車で行き
毎年1日は自転車で一周しました。
途中屋久猿の群れに会ったり、大きな蛙の大群に会ったり
大川の滝、千尋の滝など寄り道もし、屋久島の自然を堪能したことが今でも思い出されます。
そんな自転車で回ってちょうどいい島一周を走るとは。
今の僕の体力では出場は考えられません。
マラソン仲間に良くウルトラマラソンの誘いを受けますが
今まで断ってきました。
でもあの屋久島で行なわれる大会と聞けば
ちょっと頑張ってみようかなと思いました。
投稿者: フォトライター菊池 | 2006年4月 4日 11:14
関 真樹男様
筆者の菊池です。
コメントありがとうございます。
自転車で一周するのも結構たいへんなコースですよね。
来年は第一回大会が開催予定なので、ぜひいらしてください。
きっとこの島がサポートしてくますよ(笑)。
投稿者: moai | 2006年4月 5日 22:14
すばらしい企画ですね。
来年の第一回大会の期日はいつごろなのでしょうか?
投稿者: フォトライター菊池 | 2006年4月 6日 15:58
moai様
筆者の菊池です。
コメントありがとうございます。
第一回大会の日程はまだ決まっていません…。
屋久島のふたつの町、屋久町と上屋久町が、来年3月を目処に合併する予定です。
つまり、その時期の開催は難しいという話が上がっていました。
開催の日程が決まりましたら、改めてインフォメーションさせていただきます。どうぞお楽しみに。
投稿者: moai | 2006年4月13日 15:36
>菊池様
さっそくのご回答ありがとうございました。
開催が実現するのを楽しみにしています!